金融危機の行動経済学

「代表性」と呼ばれる心理メカニズムにより、人々が良いニュースや悪いニュースに過剰に反応してしまい、バブルが生成され崩壊する様子を数式モデル化しているのが本書です。以前このレビューで取り上げた「市場サイクルを極める」が、著者の経験により人間は決して合理的に投資判断できるものではなく、悲観や楽観の間を揺れ動くことを説明しているとするならば、本書は積分や確率密度関数などを用いて数学的にそれを証明し、理論化することに成功しています。

特に優れているのは、住宅ローン等から得られるキャッシュフローが確率過程に従い、人の期待によって、その確率分布が真の分布から歪められてしまうことを前提にしていることです。また、そもそもリーマンショックのような金融危機発生のメカニズムを説明するための理論ですが、信用スプレッドや設備投資の変動までも説明出来ています。これらも、以前レビューで取り上げた”Rational  Pricing of Internet Companies Revisited”が、予想キャッシュフローの確率分布を前提に企業価値を算出していることや、”Aggregate investment and investor sentiment”が指摘する、設備や研究開発投資を決定する場合でさえ、その時のセンチメントにより行き過ぎが発生することと通じていて、本書が物事の本質を捉えることに成功していると思いました。しかし、これもまたレビューで取り上げた「誤解だらけのアセットアロケーション」で述べられている「(効率的市場仮説を基にした)平均分散分析が驚くほど頑健である」ことと、どう折り合うのかについては更なる研究が必要だと思います。

ところで、外挿(既知のデータに基づいて未知の事柄を推定すること)に関して「アナリストや投資家、プロの資産運用担当者は、みな将来に関する予想を最近の歴史に基づいて行うのであり、好況時には将来について過度に楽観的になり、不況時には過度に悲観的になる。」との記述が、痛いところを突いていて、苦笑してしまいました。

イエレン財務長官がおっしゃられている通り「合理的期待仮説の先へと導く書」です。